はてしない物語より 〜運命の出会い〜
2008年6月14日 01:52
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僕の名前はバスチアン・バルタザール・ブックス。
今日もクラスのいじめっこ連中に追われて、思わずあるお店に逃げ込んだ。
あいつらときたらいつも僕のことを「でぶっちょ」だの「くるくるぱあ」だのってからかうんだ。
そりゃあときどき、ひとりごとを言ってしまったりするけれど…
自分で考えた話や、これまでになかった言葉や名前をつくったりしてうまく出来たと思ったらつい…
でも、誰も僕の話を聞いてくれる人なんていないんだもの。
母さんはもう死んでしまったし、父さんは…なんにも言わない。僕なんかどうでもいいんだ。
1度だけ、あいつらに言い返した事があったけど、あの時はゴミ箱に2時間も突っ込められるはめになったからな…
外はどしゃ降りの雨ですっかりびしょ濡れになってしまった。
どうやらここは古本屋のようで、店の奥からひどい無愛想な声がした。
「店の中でだろうと外からだろうと、本を見てくれるのはいいですがね、
ともかくドアを閉めて下さいよ。風が入るじゃないですか。」
僕はそっとドアを閉めて、恐る恐る奥の部屋をのぞいた。
すり切れた皮の安楽椅子に、太ってずんぐりとしたまるでブルドッグのような顔をした男が座っていた。
彼は子供嫌いのようで僕を見るなり、ここには子供に売れるような本はないから出て行けと言った。
「子供ってのは騒々しい厄介者にすぎんよ。なんでもすぐに壊してしまうし、
本を持たせりゃジャムをつけたりページを引きちぎったり、大人がどんなに心配して
悩むか、そんな事はこれっぽっちも気にかけない連中だ。」
僕はすぐに出て行こうとしたけど、なぜか今言われた事をそのまま聞いておくわけにはいかない気がして、
思わず、みんながそうってわけじゃないんだと言ってしまった。
そしたら「出て行け」って言ったくせに、僕の事を根掘り葉掘り聞き出したんだ。
僕の名前を聞いて「Bが3つとは珍妙な名だな」なんていうから、こう言い返してやった。
「Kが3つですね」
(おじさんの名前は「カール・コンラート・コレアンダー」といった)
でも、話の途中に奥の小部屋で電話が鳴った。
長電話のようだったし、このままでは遅刻してしまう事に気がついたので僕は出て行こうとした。
─でも、何かが僕を引き止めていた。
そしてふと、自分の目がさっきからずっと『あの本』に吸い寄せられているのに気づいた。
コレアンダー氏が読んでいた本。今は皮の椅子の上に置いてある、あの本に。
どうしても、目を離す事が出来なかった。そっと近づき、あの本が手に触れた瞬間!
僕の中で何かがカチッと鳴った。
何かが始まる予感─その本はあかがね色をした絹の表紙で、動かすとほのかに光る。
なかは2色刷りで各章の始めにきれいな大きい飾り文字があった。
もう1度表紙を眺めてみると、2匹の蛇が描かれていた。1匹は明るく、1匹は暗く描かれ、
それぞれ相手の尾を咬んで、楕円につながっていた。
そしてその円の中に、一風変わった飾り文字で題名が記されていた。
『はてしない物語』と。
僕が本に夢中になるようになってからずっと望んでいたものが今、この手の中にあるのだ!
けっして終わらない物語、本の中の本!
僕はどうしても、この本がほしくなった。いくらだろうとかまわない!
いくらでもかまわない?…いうは易しで僕の小遣いはたったの3マルク50ペニヒきりだし、
コレアンダー氏は1冊だって売ってやる気はないと言った。手に入れる望みはまったく無い。
しかし、もうこの本を手放すことなど出来なかった。そう、今やはっきりしている。
ここに来たのはこの本のせいなのだ!この本が僕を呼んでいたに違いない!
そして僕は決断した。
本をオーバーの下にかくし、店を出た。外に出たら脇腹が痛くなるまで夢中で走った。
─ああ、盗んでしまった。僕はどろぼうだ!
父さんの沈んだ悲しそうな顔が目に浮かぶ。とてもうそはつけないだろう。
といって、本当の事はなおさら言えない。もう、家には帰れない。
父さんには決して知られてはならないのだ。
僕は父さんが働いている姿を思い描いてみた。
白い上っ張りを着て沢山の義歯の石膏型に囲まれている。
父さんは歯科技工士だけど、本当にこの仕事を好きでやっているのかな?
今はじめてそれに気づいたけど、もう確かめる事は出来ないだろう。
気がつくと、学校の前まで来ていた。
いじめっこや無理解な先生がいるあんなにこわい場所なのに…
でも不意によい場所を思いついたんだ。学校の屋根裏にある物置だ!
あそこなら当分の間、誰にも見つからないだろう。
半年位前に用務員さんの手伝いをしたから、鍵の場所も知っている。
早速物置へ行き、天窓の下の1番明るい場所に古いマットを引きずって来た。
近くに灰色の軍用毛布もあるのでこれで寒さをしのごう。
濡れたオーバーと長靴はぬぎ、マットの上に座り、インディアンのように毛布を肩にはおった。
「本って、閉じているとき、中でなにが起こっているのだろうな?
そりゃ、紙の上に文字が印刷してあるだけだけど、─きっと何かがそこで起こっているはずだ。
だって開いたとたん、1つの話がすっかりそこにあるのだもの。
僕の知らない人々、あらゆる冒険や戦いがそこにはある。─海の嵐に出会ったり、知らない国や
町に来たり。みんなどうやってかわからないけど、本の中に入ってるんだ。
もちろん、読まなくちゃそういう事を一緒にやれないのはわかってる。
だけど、それがみんな最初から中に入ってるんだ。どうやって入っているのかなぁ?」
そして─バスチアンは不意に、おごそかといいたいほどの気持ちになった。
彼はきちんと座り直すと、本を手にとり、第1ページを開いて
『はてしない物語』
を読み始めた。
参考文献「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ作 上田真而子/佐藤真理子訳 岩波書店
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