あやかし螺紋42 「吼えて、泣く(前編)」
2008年4月30日 17:57
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すでに梅雨の時期なのだが、雨が降らない日が続く。
「雨男の呪い」がもたらした大雨が、その後の気候をおかしくしていた。
雨どころか湿気も少ない、かわいた街を、夕子とユイは疾走する。
変身した姿で、飛ぶが如く、屋根や屋上を跳ね越え・・・
一直線に、矜迦里山へと向かっている。
一ノ瀬家を訪れて、夕子たちはカナの失踪を知った。
しかも家族から、記憶や生きてきた痕跡すら奪って・・・
夕子はトモの制止を振り切って、無理やり二階に上がった。カナの部屋のドアを開けた。
そこには何もなかった。家具も、カーペットも。エアコンだけがついた空き部屋だった。
蛾妖子がそれらを運び出したのだが、夕子たちはそれを知る由も無かった。
夕子の頭に、斑野舞の姿が浮かぶ。
幻視官のマキによればその正体は、遠い昔に、矜迦里山を支配していた
「マダラの主」という零落した神であるという。
怪力と美しい歌声を持ち、背中に、人の思考を盗み、あやつる「ヨミ」という大蛇を飼っている。
(今度はわたしから皆さまに、ゲームを提供させていただきます・・・)
斑野舞ははじめて夕子たちに会った時、そう言った。
マダラの主はかつて、矜迦里権現という仏神と修験僧、蠕夢に破れ、地の底深くに封印された。
舞の言うゲームが、復讐であるなら・・・
矜迦里権現と、蠕夢の生まれ変わりと思われる夕子を標的にするだろう。
そして、カナは連れ去られた。夕子の親友が。
(マダラ!・・・許さない・・・絶対!!)
夕子自身、拉致、誘拐の被害者だった。人一倍の怒りが体を震わし、脳を白く焦がした。
螺紋に変身し、誰に見られるのも構わず、矜迦里山へと走った。
怒りで火の玉のようになった夕子に、ユイは変身してついて行くしかなかった。
マキに相談して、対策を練った方がいいと声を掛けたが、聞く耳を持たない。
ユイも冷静ではなかった。携帯電話で助けを呼ぶなりできたかもしれなかった。
しかし携帯を取り出す間に、夕子ははるか遠くに離れてしまっているだろう。
その時マダラが夕子を襲ったら・・・。一人にはできない。
マダラはなぜこんな事を仕掛けてくるのか、ユイは考える。
初対面で感じたマダラの力量は、螺紋や自分の力を大きく超えている。
直接叩かないのは、矜迦里権現の力を警戒してか、それとも夕子には
マダラを倒せる何かが備わっていて、それを恐れているのか・・・。
あるいは、邪悪な心で、私たちの苦しむさまを楽しんでいるのか・・・。
山に入っても、夕子は螺紋の姿で駆けずり回り、そして吼えるように叫んだ。
「マダラ!出て来い!わたしと勝負しろ!!」
虫や獣、鳥たちが、夕子の叫びと怒りの気に驚き逃げ回ったが、斑野舞は現われない。
ユイはマダラはここにはいないと感じた。変身すると犬並みとなる嗅覚も、気を感じる能力も
彼女の不在を告げていた。しかし夕子には暫く好きにさせようと決めた。
走り回っては叫び、を繰り返し、動きを止めた頃には、夕暮れとなっていた。
あるブナの木の前で、夕子は肩を落として佇んだ。
「くそぉ!」―叫びと共に右フックを放った。木がへし折れた。八つ当たりだった。
「なんてことを!」ユイはそれを見て怒った。自然への人間の横暴は許せない。木が可哀想だった。
ユイは夕子の腕を掴もうとした。「さわるな!」―夕子はユイに向けて拳を振るった。
「何をする!」―拳をかわしながら、夕子の顔にパンチを入れてしまうユイ。
「貴様!」―反撃に出る夕子。「いいかげんにしろ!」―ユイも抗戦する。
二人とも怒りでわれを忘れていた。
しかもマダラの飼う蛇、「ヨミ」のもつ、人の心を盗み見、操るという力を
実際に目の当たりにした事で、疑心暗鬼が生まれていた。
互いに―こいつはすでに、マダラに操られているのではないのか―という疑い・・・
不安と憎しみが、友となったはずの二人の関係に、亀裂を生んでいた。
